世界ランク最下位の日本代表サッカーチーム「野武士ジャパン」監督が語る“世界で勝てなかった理由”と“今後の希望”

世界ランク最下位の日本代表サッカーチーム「野武士ジャパン」監督が語る“世界で勝てなかった理由”と“今後の希望”

野武士ジャパンのコーチの蛭間芳樹さんのインタビュー記事がライフハッカー[日本版] に掲載されました。

 

ホームレス(路上生活)になってしまった人たちで構成されるサッカー日本代表チーム「野武士ジャパン」。サッカーというスポーツ、コートに立ち同じゴールを目指す過程で社会復帰のために必要なスキルやコミュニケーション能力を学んでもらおうという取り組みが世界中で行われています。それがホームレス・ワールドカップ、ストリートサッカーの世界大会です。

ホームレス・ワールドカップは、2003年から毎年開催されています。たとえば、メキシコではストリート・サッカーリーグがプロサッカーと同様に組織されており、およそ2万人の中から8人の代表選手が選出されています。大会に参加する選手たちにとっては、自立に向けた大きな目標となっており、それは日本のサッカーチーム「野武士ジャパン」にとっても同じでした。

2011年にホームレス・ワールドカップ パリ大会に参加した野武士ジャパンは全戦全敗。前後半7分ずつの試合で喫した失点は138点という大敗戦を経験することになりました。順位はもちろん最下位、「世界で一番負けた日本代表サッカーチーム」となってしまいました。

2009年から、野武士ジャパンのコーチ・監督をボランティアで務める蛭間芳樹さんは、この結果の意味をこう語っています。

「チームメンバーとともに、その結果にショックを受けました。日本代表選考から代表合宿まで、相当に努力しましたが、全敗という結果が示すのは単に“チームが弱い”ということだけではないと思うのです」

今回は、野武士ジャパン監督・蛭間芳樹さんに「チームが勝てなかった理由」と「ボランティアとしてチームに関わり続ける意味」を伺いました。

蛭間芳樹(ひるま・よしき)

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2009年よりホームレスが選手のサッカー世界大会「ホームレス・ワールドカップ」の日本代表チーム「野武士ジャパン」のコーチ・監督をボランティアで務める。1983年、埼玉県生まれ。2009年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学卒業、同年(株)日本政策投資銀行入行。企業金融第3部、環境・CSR部を経て、2017年4月よりサステナビリティ企画部BCM格付主幹。専門は社会基盤学と金融とサッカー。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバル・リスク研究パートナー(日本人唯一)、同ヤング・グローバル・リーダー2015選出。国のホームレスサッカーチームと野武士ジャパンとの差


── どうして負け続けだったのでしょうか?

蛭間:勝てないのは弱いからですよ。スポーツですからね。ただ、なぜ日本チームが弱いのかを考えることが重要です。

みなさんは、ホームレスという言葉を聞いて、どのようなイメージを持たれますか?

ブルーシート、河川敷や駅・公園にいる人、アルコール中毒、怖い・汚い、高齢の男性が多い…、といったところでしょうか。近年は若年層も非常に厳しい状況にありますが、日本の路上生活者は海外と比べると全体的に年齢が高いのは事実です。なぜかわかりますか?

それは日本の労働市場の特性に起因しています。雑に申し上げるならば、新卒には未だにプレミアムが付いているので、スキルや経験値の有無に関わらず、企業が教育コストを投資とみなして新卒採用(ポテンシャル採用)しますよね。一方、過去に高度経済成長を支えた業界の市場規模は、たとえば建設業に代表されますが、およそ半分程度になっています。すると、企業や市場から追い出され、路上に出ざるを得ないのは、それらを支えてきた年齢の高い人たちになります。

他の先進国、とくに欧米では企業が欲しがるのは即戦力、具体的なスキルのある人なので、一部を除いて新卒プレミアムなどありません。ですから、結果的に路上に出るのは若者になります。スペインやfフランスが代表的ですが、若者の失業率はおよそ50%との情報が出ていますよね。ですから、若者の暴動が起こるのです。

ホームレス・ワールドカップには、そのように社会の労働市場や社会保障から排除された方々が集まります。いわば、各国社会の表には見えない事情が如実に表現される大会で、社会の盲点、裏側とも言える光景が、そこにはあります。

── 野武士ジャパンの平均年齢はどれくらいですか?

蛭間:2011年のW杯当時で50〜60才くらいです。それに対して、私もとても驚いたのですが、カンボジアやベトナムチームの平均年齢は16〜17才で、大会に集まる70カ国の平均年齢は22歳でした。

ここまで差が出る最大の理由は、「国ごとにホームレスの定義がちがう」という点にあります。もっとも一般的と思われるヨーロッパの定義には「潜在的なホームレス」も含まれているのです。

たとえば、知人や親族の家、福祉施設などに住み「自分の名義で住むところ」を持っていない人も“ホームレス”と呼ばれます。ヨーロッパの定義ではそうした人もホームレス含まれるということです。実際、途上国でもチームにはレストランに住み込みで働く見習いコックなどが入っていました。

各国では、路上生活をしている人だけでなく、安定した住居を持たない潜在層をホームレスの定義に含めることで、予防的な施策を取れるようになるのです。社会保障、スキル習得なりキャリアアップなりを講じて、社会負担の影響を最小限に留めるのです。

日本のホームレスは約6200人で減少傾向にあると厚生労働省は発表していますが、そのホームレスの定義は「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」。ネットカフェを泊まり歩く人や簡易宿泊施設を利用している人といった「世界では一般的なホームレスの定義に当てはまる人」を計算に入れると、日本のホームレスの数は大きく変わります。

また、日本にはニートやひきこもり、フリーターなどが300万人ほどおり、彼らは若くしてホームレスになるリスクを抱えています。もちろん、最近では行政もNPOも路上生活者や困難を抱えた若者の支援に取り組み始めています。

── 今は野武士ジャパンのW杯への参加を考えていないのでしょうか?

蛭間:力の差は歴然としていますからね…。ただ、選手の中には「ワールドカップに出たい!」と頑張っている方もいるので、若手選手でW杯を目指すのか、決めかねています。

アジアの中でも諸外国のチームとは置かれている状況にも大きな差があります。私は2016年に香港で開催されたホームレス・ワールドカップ・アジア大会を視察してきたのですが、2011年にパリで日韓戦を戦った韓国に、ホームレス問題への取り組みで完全に差をつけられていることに気づかされました。

韓国では、ソウル市がホームレス・サッカーチームをバックアップするようになり、CSRや雇用、人権の問題に取り組んだ企業には補助金や税制面での優遇処置が受けられるという法律もできました。行政と企業が連携してホームレスチームを支援していこうということになっています。

私たちも努力していないわけではなく、行政や企業、スポーツ団体等に何度もアプローチをかけているのですが、変化は亀の歩みと言えます。

「うまくいかないこと」の意味

このように厳しい状況にある野武士ジャパンですが、現場では日々チームの変化を感じていると蛭間さんは言います。

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2016年7月30日に開催されたダイバーシティカップに参加する野武士ジャパンのメンバーたち。ホームレスの人にとどまらず、若年無業者、うつ病、LGBTなどさまざまな背景をもつ当事者によるフットサル交流の場。

東京・豊洲で開催されたダイバーシティ・カップに参加した野武士ジャパン、チームとしての目標は「1勝すること」。しかし、さまざまな背景をもつ当事者が参加する同大会には、 社会復帰を目指すニートのチームや養護施設出身者のチームなど、多様なチームが参加。全体的に若いチームが多く、野武士ジャパンはまたも苦戦を強いられました。しかし、 チームの中で、小さな変化が起きたのはそんなときでした。

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試合中の野武士ジャパンの選手(写真右手)。写真左手の選手は、フィジカルに恵まれ、会場を沸かせるプレイも見せた難民チーム所属の外国人選手。

── ワールドカップ以降、チーム運営上、変化はありましたか?

蛭間:当時はサッカーのチームを目指していましたので、ああしろ、こうしろとコーチとしてのオーダーを出す、“ 試合に勝つための、 サッカーの指導”をしていたのです。

でも、今はほとんど放任状態 、といいますか一緒になってサッカーを楽しんでいます。スタッフは誰1人、チームやゲームへのネガティブな口出しはしないようにしています。

── それによってチーム内に変化は起きましたか?

蛭間:今回のダイバーシティ・カップで、チームの中でよい変化が1つ起きました。

ダイバーシティ・カップでは1チーム5人で試合をします。野武士ジャパンは最初、ごちゃまぜでチーム分けをしていたのですが、選手の中に「これでは勝てない」「自分のプレイができない」と言い出す人が現れました。その結果、上手い人だけで構成した選抜グループと、サッカー未経験者だけのグループに分かれ、前半後半で出場することになりました。

でも、うまくいかなかったんです。全員が出場することになっていますから、選抜グループが戦えても、下手な人だけのグループが打ち負かされてしまうんです。当たり前ですが。

すると、選手たちはチームメンバーと対話をし始め、自分は何をしたいのか、チームとして何がしたいのかをじっくり話すようになりました。その結果、上手い人がグループの中に必ず入っているように編成し直すことを選びました。ようやく最後の最後に勝利をつかむことができました。

個人の思いをぶつけ合いながら、チームとしての対話を経て、最後には自分たちで決めた目標「1勝」に届いたことは、とても良かったと思っています。

インタビュー後、 蛭間さんはチームと選手ひとりひとりに 「いいチームだ!」 「あのプレー最高じゃん!」 と言葉をかけていました。

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ダイバーシティカップ終了後の集合写真。野武士ジャパンは最後の試合で何とか1勝をもぎとった。

── 蛭間さんの本業である銀行員としてのお仕事とホームレスサッカーはどうつながっているのですか?

蛭間: 私が金融業を語ってよいのか分かりませんが…。一般に金融の世界では、顧客の信用力や価値を経済指標でしかみません。私が所属する銀行では、たとえば、企業が危機に対峙したときに、従業員の命を守り、供給責任を果たす創意工夫の組織能力と金融とをつなぐという取り組みをしています。防災や危機管理に自助努力している企業の長期的な経営力を認め、金利を変えていきます。要するに企業価値評価の軸やレンズをたくさん持とうということです。光が当たらないところに光を当て、既存の評価軸を疑うという意味では、ホームレス・サッカーと同じことをやっていると思っています。

── 今、個人として サッカー、金融、危機管理など多くの社会問題の解決に取り組んでいくことには、どんな意味があると考えていますか?

蛭間:私は自分が良いことをやっているとは思っていません。そういう風に思うのも、見られるのも嫌ですから。ただ、何かのきかっけで、自分の考えや価値観を揺さぶるようなものに出会って、 それは解決したほうが良いと自分が問題意識をもってとりくめる課題に気付いたからには、何かやらないといけないという志・信念があります

企業も日本という国についてもそうなんですが、現状維持戦略だと死ぬだけなんです。たとえうまくいかないとしても、小さな変化を起こしていかないといけないのではないでしょうか。

というのも、1980年代生まれの私たちの世代には、ずっと日本が不景気だった記憶しかありません。「希望がある社会とか、幸せな社会」がどんなものかは、よくわかりません。しかし、社会が成熟・飽和している時代に生まれ、主として人口変動に起因するしこの先訪れるであろうジェットコースター的な下り坂を、どう下っていくかということを楽観も悲観もなく素直に考えています。

野武士ジャパンというチームは、成功だけではなく失敗が沢山あります。でも、うまくいかないことに、大きな意味があるのではないかと思います。

厳しく冷たい現実に立ち向かうための唯一の手段として、失敗を恐れずチャレンジを続けることは大事です。ただ、それ以上に大事なことは、失敗したやつを笑わない、「次行こうぜ!」と失敗を許容してくれる仲間を見つけることだと思います。うまくいかないことを応援するチームでありたい、そんなチームのコーチって別にコーチでも何でもないサッカー仲間ですけどね。


蛭間さんは取材する私たち記者に対して、「取材なんていいから、練習に来て一緒にサッカーをすれば全部わかります。何が大切なことかってね」と語っていました。

実際に、野武士ジャパンの練習に参加し、ダイバーシティカップを取材して思ったのは「サッカーをしていると誰が誰か気にしている余裕もない」ということ。障がいがある人もいれば、ホームレスの人もいましたが、ゲームに夢中になるとボールの行方に一喜一憂するのに忙しく、隣の人の肩書きを気にしている暇はありません。気づけば、一緒になって声を上げています。

チームとしてはダイバーシティ・カップで「うまくいった手応え」を得た蛭間さんと野武士ジャパン。その取り組みと情熱が社会的にも伝わるまでには、もっと「うまくいかないこと」を積み上げていく必要があるのでしょう。

世界最下位の日本代表チーム「野武士ジャパン」には、私たちが見失ってしまった大切な価値観、日本社会の大きな希望が垣間見えるようでした。

野武士ジャパン - 野武士ジャパンーもうひとつのW杯、ホームレスW杯日本代表チーム

(聞き手/米田智彦&神山拓生、構成/神山拓生、撮影/米田智彦&神山拓生)